カテゴリー: 診療コラム

2022/08/04

低気圧による問題:気象病

気象病とは

昔から雨の前には頭痛が起こることがあることが知られていました。
雨の日の前の頭痛の訴えを聞いた事がある人は多いのではないでしょうか。

体験したことがない人には分かりにくいですが症状がきつい人には大変な苦痛です。
この頭痛前の体調異常には、頭痛、倦怠感、生理前症候群の悪化などいろいろありますが、近年ではこれを気象病と呼ぶ人が増えているようです。

医療機関で検査しても異常が出ないのであきらめるしかない、あるいはドクターショッピングすることになる、あるいは自己流の対処でどうにかするしかなく、医療の盲点になっています。

昔は検査異常がなければ死ぬわけでもないので医療で対処する必要でないと無視されてきた色々な状態が現在では医学研究されるようになってきました。
これは健康とは病気を治すようにゼロをプラスにすることだけではなく、ゼロをプラスにする健康増進が医療の重要な課題になったからです。

雨の前の頭痛

近年雨の日の前の頭痛などの天候に関連する心身の不調が取り上げられるようになってきました。
特によく聞くのが頭痛の訴えです。
これはどのような仕組みで起こるのでしょうか。

結論から書くと体液の生体内での分布が関係します。
体液の分布の変化を起こすのは気圧の変化による体の反応です。

雨の前には前線通過などでだいたい気圧が低下します。
この気圧の変化に対して人間の身体は伸び縮みをします。
気圧や水圧は人間の身体の表面を外から中に向かって全方向から押します。
すると圧力が高まれば人間の身体は体積が縮みますし、圧力が高まれば体積が大きくなります。

我々が普通生活していると気圧の変化は緩やかですので気圧の変化の影響を感じることはありません。
しかし気圧が急に変わる時には体が変化を感じることがあります。

雨の前には前線の通過などで気圧が急に下がることがあります。
これによって体が膨張し体液の分布が変わります。
身体が膨張する際には血管外の組織に体液がたまります。
これが激しく起こることを浮腫と言います。

いわゆる寝起きや立ちっぱなしの後にむくみで顔や足などで浮腫がおきて足がパンパンになるのは女性やある程度歳を取った人には普通に思い当たるでしょう。

天候の変化による気圧の変化は小幅です。
山登りなどで高地にいったり、スキューバダイビングや素潜りから浮き上がる際にはもっと急激で大幅な圧力低下が生じ、体にはもっと異なる変化が生じます。

酸素分圧の低下による呼吸不全や溶存ガスの気泡化による空気塞栓が生じる場合がありますが天気の変化位ではそんな変化は起こりません
しかし体の膨張や体液分布の変化が生じるので体に負荷がかかります。

この体の膨張や変形、体液の移動が気象病の原因と考えられます。

体の仕組み

大雑把に言うと我々の身体は気圧と上皮を身体の内部から押す力が均衡して形づくられ体積が決まります 。

我々の身体は皮膚や粘膜などの外皮に包まれており体中を血管が張り巡らされています。
上皮の内部で血管の外にスペースがありそこに細胞と基質、繊維、血管外液などの細胞間質があります。
これは手やあし、胸腹部臓器などをイメージしてもらうといいですが、中枢神経系はこれとは違う作られ方をしています。

細胞内も細胞間質も体液が増え膨張しますが、特に注意が必要なのは脳などの中枢神経系です。
中枢神経系は頭蓋骨や脊柱管という閉鎖的なスペースの中に脳脊髄液と言う体液に浸されて存在しています。
解剖の本などでは脳は頭蓋内を浮かんでいるように見えます。

組織標本をみると脳の実施痛を構成する神経細胞やグリア細胞は神経細胞同士が基質や線維がなく神経細胞同士が直接密接して接している様に見えますが細胞の同士の間には脳脊髄液をが大量に含まれて水浸し状態のようになっています。
脳の細胞間質には線維や基質がなく脳脊髄液だけがあるのが特徴で脳脊髄液が細胞間質を形成している点がポイントです。

脳は脳を栄養する血管を除いた脳実質は線維も基質もないのとても柔らかく変形しやすいです。
そのために骨や硬膜、軟膜、くも膜に固定されて守られているようにイメージしてもらうといいと思います。

気象病の病理

気象病は緩やかな減圧で生じます。

減圧で生じる疾患では減圧症や高山病が有名です。
これらの疾患は急速で大幅な気圧や水圧の変化で生じます。

気象病は減圧症や高山病と比べて圧の変化が緩やかなのと条件が異なります。
高山病は酸素分圧が大幅に低下するほど気圧が低下するので換気や呼吸障害が病理の大きな部分を占めます。
また減圧症は体液に溶存している気体の気泡化による空気塞栓が関与するので循環障害が関係します。

それに対して気象病は換気障害が生じたり空気塞栓が生じたり程には気圧は変化しません。
気象病に似た条件は飛行機やヘリコプターで離陸する際や低い山への山登り(3000m級の富士山や8000m級のエベレストではなく日帰りで行ける様な山へのハイキング)の状況が近いかもしれません。
この様な低い気圧の変化でもやはり血管外の体液の貯留が生じます。

血管外の細胞や細胞外液の両方が膨張し、血管内の循環血液量は低下するでしょう。
この様な体液の移動は中枢神経系に影響を与えます。

骨や硬膜で囲まれた変形しないスペースの中で脳の神経細胞やグリア細胞の膨張が生じます。
この脳の細胞浮腫が頭痛の原因と考えられます。

この脳細胞の浮腫による頭痛は実は二日酔いの頭痛もそうで低気圧性頭痛は二日酔いの頭痛の似た病態と考えられます。

気象病の治療

気象病にはなり易い人となりにくい人がいます。
気象病になりにくい人は普段身体を使っている人、体を鍛えている人、頑丈な体質の人、女性よりは男性、低血圧よりは高血圧傾向の人、子供よりは壮年期で目立つ鵜傾向があります。

こうしてみると普段から自律機能を鍛えている人、血管運動性を鍛えている人、過去や現在運動を含めた健康感の高い人は気象病と言われても良く分からない人もいるかもしれません。
そういう意味では普段から健康的で身体を鍛えていると気象病予防になると考えられます。

多分気候の変化を風や気温、湿度、気圧などから感じることができる能力が人間にはあると考えられます。
農業や漁業など自然と密接な仕事の人はこういう能力が鍛えられ開発されていると考えられます。
ただ運動不足ではない生活や仕事を送っている人は気象病にはなりにくいようです。

気象病は確立した疾患概念ではないので確実に認知されている治療薬はないと思います。
しかし経験的に、あるいは二日酔いや高山病などの似た病態に対する治療薬はある程度効果が認められます。

低気圧性頭痛では漢方薬の五苓散という利水剤が効果があることが知られており、これは気象病の頭痛にも効果があるようです。

五苓散は二日酔いの頭痛の予防に効果があります。
五苓散の作用機序としてアクアポリンと言う細胞内外の水の移動を司る細胞膜の部分を阻害することが知られています。
ここから細胞内に水が入らないようにして細胞の膨張を防ぐ脳浮腫の予防が頭痛の予防にもなります。

また高山病の予防や治療にはダイアモックスと言う薬が使われます。
これは炭酸脱水素酵素阻害薬と言う利尿剤としても使われる薬が使われます。
高山病は酸素分圧低下による病理があり気象病とは違いますがともに肺水腫は浮腫などの体液分布の問題が現れます。

利尿剤の使用は循環血液量の低下と血液濃縮のリスクがあるので一概に使用は推奨できないと思われますが、穏やかに効き、かつ炭酸脱水素作用の阻害作用のあるダイアモックスが伝統的に高山病とその予防に使われてきました。
この薬剤は気象病の頭痛もある程度低減させる効果があるようです。

重い高山病はステロイドなど使用しますが気象病で使用するにはややオーバーかもしれません。
非ステロイド性消炎鎮痛薬と呼ばれるロキソニンやイブプロフェンなどは広い疼痛に効果がありますが、やはり低気圧性頭痛にも効果があります。

いろいろな薬剤を紹介しましたがどれも医学会でコンセンサスになっているものではないので使用には注意を要するでしょう。