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2022/02/22

やさしい精神医学からの現代哲学入門

はじめに

現代哲学と精神医学には緊密な関りがあります。

1960年から1970年にかけてはフランス現代哲学が成立した時期で1968年にはフランスで5月革命が起こりました。
この時期世界中で学生運動が起こりましたが主導者は精神科の学生でした。
日本では学生運動は東大と京大の精神科病棟で始まります。

この世界的運動は一部で成功しフィンランドでは精神科医たちが国の実験を取って精神保健福祉医療改革に成功しました。

学生運動時代は左翼の集団主義(共産主義、社会主義、毛沢東主義)者たちに影響された運動でしたが、そこには精神科医が関わっています。

この精神科医の中には現代哲学の確立に貢献した人々がいます。
自由主義諸国では革命は失敗しましたが現代哲学はマルクス主義を含めた近代思想批判としての役割を果たしました。
政治、社会的はともかく精神医学の目から現代哲学の理解を深めてみましょう。


第1章 精神医学と現代哲学の交点

精神医学は精神の異常を研究します。
それが現代哲学の完成に決定的な影響を与えました。

現代哲学に貢献した人々の中には精神科の医者も患者もいます。
最も有名なのはニーチェです。

ニーチェは梅毒精神病を発症しましたが、彼の哲学は現代哲学の骨格となっていると言えるでしょう。

精神病理学言論を書いたヤスパースは最初は精神科医で後に哲学者に転身しましたがげんだい哲学の成立に特に大きな関りはありません。
重要なのは精神分析学の諸学派で特にフロイトの弟子の対象関係論のメラニークライン、そしてパリ・フロイト派のジャックラカンが重要です。

そもそもフロイトの師匠の19世紀の神経科学の帝王、シャル・ペトリエール病院のジャン=マルタン・シャルコーやそこに集った人々全員が精神医学史、ひいては現代哲学に影響を与えています。

例えば神経症の研究ではフロイトやジャネ、統合失調症の研究ではジャネやブロイラーなどが重要な役割を果たします。

神経症も統合失調症も後の現代哲学の成立に影響を与えます。
文献学者、書誌学者、歴史家のミシェル・フーコーはテキスト研究から精神科、精神病院、精神病、人間、歴史、性、古代・中世・近代などの歴史区分の同一性批判を行います。

後に自殺したドゥルーズとの共著で近代までの規範とされてきた生き方と異なる現代哲学に基づく時代分析や生き方のモデルを示しました。
ドゥルーズと共著者として執筆した精神科医のアントニオ・ガタリはラ・ボルドー病院という単科精神病院の精神医療改革を行っています。


第2章 精神医学の哲学への貢献

西洋哲学でニーチェが果たした貢献は、人間は実在するものにリアリティを感じるのではなく、自分が信じたいもの、リアリティを感じるものを実在すると勘違いするという発想の転換を行ったことです。

別に人間が実在してほしいと思うからと言ってそれが実在するという結論は導かれませんし、主観的にリアリティを感じているからと言って客観的に実在するとは言えませんからこれは当たり前であり、とてもきれいな論理です。

これをまとめれば人間は主観的な自分の都合から、合理性も論理性もない結論を客観的であると主張して導き出すし、過去ずっと導き出し続けてきたという結論がでます。
これは近代以前の思想の殆どを否定しているため理解を拒絶されるか、非難を受けました。

しかし誠実に思考する人たちはこの思想を引き継ぎます。
次に重要な人物はメラニー・クラインとジャック・ラカンでしょう。

メラニー・クラインは対象関係論と言う理論を作りクライン派と言う学派を作りました。
対象関係論は赤ちゃんが発達につれてどのように自我あるいは自己認識を行っていくかを説明していく理論です。

自我は認識する主体であり、自己は認識される客体としましょう。
併せて人間がどのように自分と言うものを認識していくかを説明する理論です。

赤ちゃんは鏡に映った顔、自分の手足、自分の感情、発した喃語などをバラバラに認識し「自分」という単一の実在の部分とは最初は見なせません。
それが発達とともにそれらの部分が「自分」という単一の実在であると気づき認識していくというのが対象関係論です。

これはニーチェの理論に組み合わせると実在が存在してリアリティを感じるのではなく、感じたリアリティを組み立てて同一の実在と見なす仕組みを説明します。

19世紀の終わりから数学や言語学を先頭に構造主義という考え方が生まれます。
20世紀中ごろはあらゆるものを構造主義で説明しようという構造主義が流行した時代でした。

因みに構造主義のトップランナーである数学者には精神科疾患に関係する数学者が多くいますが割愛します。

ジャックラカンは精神分析学、特にフロイトの構造論やクラインの対象関係論を構造主義化し構造主義的精神分析を創始しました。
これはクラインの対象関係論を「自分」だけでなく全ての実在すると感じられる対象に一般化したものです。

ニーチェの理論が実行される具体的なメカニズムを示したものです。
結論はやはり同じで、人間は実在するからリアリティがあり実在を信じると考えがちであるが、逆の考え方が存在するということです。

すなわち人間はリアリティを感じたり自分が実在したいと願望するものを実在すると思い込む、ということです。
これは西洋哲学が問題としてきた存在論と認識論の1つの答えになります。

このラカンの理論を構造主義的哲学と呼びましょう。
一方従来の実在をプライマリーにおく考え方を素朴実在論と呼びます。

別の方法ですがやはり構造主義を用いて素朴実在論を相対化する構造主義的哲学を作り出したのがミシェル・フーコーです。

フーコーが分析したもの、自分や近代、中世、近代の歴史、あるいは歴史そのもの、精神疾患、性別などは一次的に実在するものと考えられてきました。
しかしフーコーはあらゆる時代の歴史的書誌文献の分析やテクストを読み込みます。

結論は実在の連続性などは存在しない、時間的な同一性や恒常性は存在しない、過去というものは文献により構築され再現可能のように思われてきたが、そもそも存在しない可能性すらあるということを示しました。
ちょっと量子力学と似ている様に見えるかもしれませんが、量子力学とも違い、もっと過激な結論になります。

波動方程式は時間連続性があるので時間が変化しても空間における存在確立はかわりますが、積分輪は1で存在が無から現れたり、有から消えたりすることはありません。
現代哲学では次の瞬間に存在していたものが無くなっているかもしれないし、存在していなかったものが出現している可能性もあります。

我々はなんだかんだ言って突き詰めれば抽象化された空間や構造などの数学の世界に住んでいます。
数学(mathematics)は“学ぶべきもの”というのが本来の意味で哲学(philosophy)“愛知”よりはある意味情意の学問と言えるかもしれません。

特に哲学は存在論や認識論に意味が狭められてしまっているので数学の方がより抽象的な様々なことを対象とする広い範囲を視野にいれた学問と言えるかもしれません。

従来型の実在からリアリティや信じる心が生じる、というのが1つの仮定の前提に立つ仮説とすると、リアリティや信じる心から実体が生じるというのも1つの仮定の前提にたつ仮説です。
結局相関関係が分かっても因果関係が分からないのと同じでどちらが先かは分かりませんし、分かる意味もないかもしれません。

ここで言えるのは従来型の哲学は相関関係でしかないものを一方的に因果関係にしている過ちを犯し続けてきた、といえることです。
相関関係に過ぎないのですから逆向きの因果関係が成り立つかもしれないのにそれがイメージできないために1000年以上あるいは何千年も見逃してきたわけです。

現代哲学の2つの柱は理論の理論、思想の相対化であるポスト構造主義と、素朴実在論とは逆の発想をする構造主義的哲学です。
この2本の柱から現代社会批判や現代的な倫理・道徳のモデルを示したのがドゥルーズ=ガタリです。
2人のモデルでは“精神病(統合失調症、シゾイドやパラノイド)”が重要なカギになっています。
精神の正常と異常を明確に区別する方法があれば精神疾患を定義できるでしょう。

しかし正常と異常を区別する方法がないので精神保健医学では障害構造論と言う考え方が用いられ、精神疾患ではなく精神障害ということが多くあります。

明確なラインが引けない場合には構造で決めるしかないのです。

ドゥルーズ=ガタリは日本で流行ったのですが浅田彰氏の『逃亡論』や中沢新一氏のオーム真理教の擁護などで人生を誤った人が出て評判が悪くなってしまいました。
もともと2つの理論(数えようによっては3つ)からしかなっていないモデルですから向社会性が高くないというかリベラル過ぎたのかもしれません。

ただ学問と現実は別問題ですので学問や学者を責めるべきではないでしょう。


おわりに

こう整理していくと精神医学が現代哲学を創ったという見方さえできそうです。
特に画期的だったと思われるのはニーチェとラカンだったと思います。

ニーチェは実存からリアリティや信じる心の生成の理論を転倒して、リアリティと信じる心から実在が生まれるというアイデアを発案しました。ニーチェは自らを人類初のリヒリストと言っていますがこれは正しいかもしれません。

一方ラカンはニーチェのアイデアを高いレベルでモデルと理論として結実されました。
これにより2つの相異なる事象が片側矢印ではなく、両方向かう矢印と変えることができたからです。

どうしてもこの因果が逆なだけの2通りの考え方が出来ずに世の中に混乱が起こることが多く見られます。
現代哲学を学ぶという大仰な話としてではなく、常識レベルで一般に広まれば世の中の混乱も少しはおさまると思われます。

2022/02/02

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