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2022/01/05

現代哲学の「実」と「シミュレーション」「シミュラークル」入門
―フェイクニュースとは―

はじめに

哲学ではよく「実」がつく言葉を使います。

例えば実在、実体、実存、実感、現実、確実、事実、真実、実証、実質、誠実、実直、実像、実利、実力、実家などの単語に「実」の字が含まれます。

実際に「実」があるかないかは哲学の主要なテーマになりました。

中世神学の普遍論争では実在論と唯名論が対立する理論として論争されました。
実在論は「実際に在る」ということで、逆に唯名論は「ただ名しかない」、言い換えると「名があるだけで実際にはない」という意味に名付けられています。
その後の大陸合理論やイギリス経験論、ドイツ観念論などの近代哲学は大雑把にいうと「実」を探求するための哲学理論とも言えます。

その後の近代哲学と現代哲学(構造主義的哲学とポスト構造主義)の端境期にはニーチェの哲学、実存哲学、現象学、科学の隆盛、構造主義の誕生などがあり、「実」というものに対しての捉え直しが始まります。

現代哲学の解説や説明をしているとあまりにも「実」という言葉が出てくるため、この言葉を深く理解する事で現代哲学の理解がより容易になる方法が見つかるのではないかと思い立ち「実」の言葉と概念を考察してみる事にしました。


第1章 「実」という言葉

「実」という言葉について一般的な意味や成り立ちを見ていきましょう。

「実」の意味は漢字ペディアによると、

「①み。くだもの。「果実」 ②みのる。「実生」「結実」 ③みちる。内容がそなわる。「実質」「充実」 対名・虚 ④まこと。まごころ。「実直」「誠実」 ⑤ほんとう。ありのまま。「実例」「真実」」

で、字の成り立ちはやはり漢字ペディアによると、

「旧字は、会意。宀と、貫(財宝)とから成り、家の中に財宝が満ちていることから、ひいて「みちる」、転じて「みのる」「み」の意を表す。教育用漢字は省略形による。」

となっています。

倫理学では実在論(realism)、実体(entity)、実存(ex…)、論理実証主義、その他さまざまな重要な概念に「実」の字が使われます。

現代哲学の説明や解説にあまりに「実」の字がたくさん出てきてくどいというかしつこい感じがしましたので別の文字を使おうとしても適当な文字が見つからず、別の表現を使おうとすると文で書かないといけなくなり文章が長くなってしまいます。
とすると「実」という字は他に代えの効きにくい日本語では重要な文字なのでしょう。

逆に「実」の対義語をネットで調べてみます。

サヤ、殻、皮、虚、名、偽、贋、嘘、仮、逆などの言葉が見つかりました。

この中で学問で使うのは先ほどの唯名論の名で名称とか名目とか名前と言う意味で実在と対置されます。

また実数に対して虚数と言う言葉が使われます。
中世の唯名論は実在はなく名前、名目、名称しかないという考え方とすれば現代哲学の構造主義や仏教の空論、あるいは諸行無常や諸法無我の考えと同じものだったのかもしれません。

第2章 「実」に対応する構造主義の言葉

現代哲学で実が重要になるのは、実の大義概念が現代哲学の中核になるからです。

現代哲学を形成する2つの理論は構造主義的哲学とポスト構造主義です。
構造主義的哲学では存在論と認識論を構造主義を使って形式化するのですがその際に素朴実在論で実体とでも呼ばれるような適当な言葉がなくて不便を感じます。

他の同じ内容の思想である原始仏教では諸行無常、諸法無我、大乗仏教では空、現代哲学では差延、シミュレーション、シミュラークル、現代数学では無定義概念や無定義語と表現していると思うのですが、この中では空が一番簡略で良いかもしれません。

構造をマトリックスの様に表現すると実と見えるものはマトリックスの結節点になりますので、「結節」という表現でもいいかもしれません。
IT的に言うとVRとかARという言葉が非常にいい所をついている様に見えます。

そこから類推して「作られたリアリティ」「構築されたリアリティ」という日本語を訳して「constructed reality(CR)」という言葉などはなかなかいいのではないかと思います。
唯名論が構造主義的哲学と同じ内容かは分かりませんがもし同じ内容なら「唯名」というのも候補に挙がるかもしれません。

実を否定する「不実」「非実」「無実」「否実」などでは何を表しているか不明なのでふさわしいとは思えません。

ここでは現代思想史に準じて「実」に対する構造主義的存在論/認識論の概念を「シミュラークル」と呼ぶことにしましょう。


第3章 「実」がなぜ大切か

「実」感は実はあって当たり前のものとは必ずしも言えません。
実感なく理解する場合もあります。
認識に強い納得を伴うような場合を納得と言ったりします。

実感がない場合は例えば精神医学で自分の存在や自分の身体や精神活動にリアリティーが持てない場合を離人症と言います。
また現実にリアリティが持てない場合を現実感喪失症候群と言ったりします。

逆に突飛な他人の理解できない想像に実感がこもり過ぎて確かで正しい考えだと思い修正が効かなくなることを妄想と言います。

実感、あるいはリアリティの形成には知性や理性、あるいは悟性や感性だけではない、というのが現代哲学の考え方です。

モデルに知的なもの以外を導入しないといけません。
知情意の情や意の部分でしょうか。

現象学のフッサールは指向性(ノエシス、ノエマ)という考え方を導入しました。
ハイデガーは道具的連関から存在者の存在様式を分析しています。
ニーチェは人間がリアリティを作り上げる過程を力への意志やルサンチマンで説明しました。
精神分析学の創始者フロイトは精神力動においてエス、イド、リビドーなどと呼ばれる要素を導入しました。
ラカンは現前の生成を説明するシェーマの中に要素としてエス(イド、リビドー)を組み込んでいます。

これらの思想家たちは現代哲学の前駆者です。これらの情意の要素はフーコー、ドゥルーズ=ガタリ、デリダなどの現代思想家にも取り入れられています。

情意、あるいは潜在意識のような良く分からないものを取り入れなければならないのは現象するもの、現前するものがいかにリアリティや実体感を持ち臨在感を持ちうるかを説明するためであるというのが1つの解答になります。

リアリティとはすごいものであり恐ろしいものです。
普通我々はリアリティを感じるからリアリティを感じる対象の実在を信じます。

「我々は自分の信じたいものを信じる」これを言ったのはユリウス・シーザーです。
「我々は自分の信じたいものにリアリティを感じる」これを看破したのはニーチェです。

同時に「我々はリアリティを感じるものの実在を信じる」という言い換えと結論が導き出されます。
これ故にニーチェは現代哲学の創始者と言われることがあります。

要するに実体感(リアリティ)が実在論(リアリズム)を生むわけで、「実」の感覚と理解があったからこそ実在論が力を持ってこれたということになります。


おわりに

リアリティは実在の根拠になります。

逆の論法が用いられ、いつの間にか物事にリアリティがあるのは実在するからという説が生まれ自明な前提と見なされます。
これが構造主義的存在論/実在論=構造主的哲学が生まれる前の思い込みであり勘違いです。

リアリティがあることは実在の根拠にはなりません。
エリヤが荒野で神の存在を感じたからと言って、エリヤ以外の人々が神を信じなければいけない根拠にはなりません。

エリヤだけ信じたければ信じればいいのですが、エリヤ本人にしても神の存在をリアルに感じたことを根拠に神が存在するとするのは論理的飛躍があります。

昔はその考え方しかなかったのですが、現代は「実」の代わりに「シミュラークル」という考え方があります。
そもそも構造主義を使いこなせればリアリティを作ることは簡単です。
好きなように、と言ったら言い過ぎかもしれませんがいくらでも色々なリアリティを持った現前を作り出すことが可能です。

しかしシミュラークルの考え方ではリアリティを根拠に事物の実在を結論しません。
事物にリアリティを感じるか感じないかは、事物が実在するか実在しないかとは全く関係のない独立事象だからです。

ですから構造主義の観点で見るとリアリティを感させる事物はシミュレーションです。
実在かもしれませんが、実在ではないかもしれません。
となるともはや実物であるかどうかはどうでもいい話になります。

どちらとも証明も実証も出来ず結論を下す根拠がありません。ですからリアリティを感じさせる事物は「実」ではなく「シミュラークル」と呼びます。

これは我々の認識に劇的な変化をもたらします。
例えばフェイクニュースです。
シミュレーションとシミュラークルの考え方で物事を考える際には全てのニュースを信じません。

懐疑的に見ます。信じたければ自分の意志によって信じます。
多くの場合信じるよりは分析して可能性を考え、自分の判断で取捨選択し行動の指針にするか決断します。

極端に言えばニュースというものは全てフェイクとして見ています。
これは現代哲学的に見れば健全な懐疑主義と言えます。

逆にこの様な認識がなくメディアに与えられたニュースをそのまま信じる人は古い素朴実在論の考え方しか持っていない人なのだなと考えます。
1970年代以降はある程度のリベラルアーツをおさめた世界の教養人は学問的にそういう見方をしているはずです。

こういう見方ができる人と素朴無垢にメディアに与えられたニュースを信じて右往左往する人では時間と共に差がより大きく広がっていくでしょう。

「実」と「シミュレーション」「シミュラークル」これは現代社会における大きなポイントですので全ての人が理解するのが望ましいでしょう。