心療内科・精神科における身体診察・検査の重要性(後編)

2025/10/17

心療内科・精神科における身体診察・検査の重要性(後編)

第3部 なぜ血液検査が重要なのか?

この「外因」を見逃さず、安全な治療を行うために、特に重要なのが血液検査です。血液検査の目的は、大きく分けて2つあります。

  1. 初診時の検査:「本当の原因」を探る鑑別診断
    心の症状だと思っていたものが、実は身体の病気が原因だった、というケースは決して珍しくありません。血液検査は、そうした隠れた原因を見つけ出すための重要な手がかりとなります。

甲状腺機能の異常

機能低下症:やる気が出ない、気分の落ち込み、疲れやすいといった症状は「うつ病」にそっくりです。

機能亢進症:動悸、イライラ、落ち着かないといった症状は「不安障害」や「躁状態」と間違われやすいです。

貧血

鉄分が不足すると、めまい、倦怠感、集中力の低下などが起こり、これも「うつ病」などの症状と似ています。

血糖値の異常(糖尿病や低血糖)

血糖値の乱れは、イライラ、不安感、意識がもうろうとするといった症状を引き起こし、「パニック発作」のように見えることがあります。

肝臓・腎臓の機能低下

これらの臓器の機能が落ちると、体内に毒素が溜まり、脳の働きに影響して混乱や気分の変動をきたすことがあります。また、薬物治療を始める前の基準値を知る上でも重要です。

感染症

かつて精神科病棟の入院患者の多くが梅毒であったように、感染症が精神症状を引き起こすことは古くから知られています。最近では、新型コロナウイルスの後遺症によるうつ症状やブレインフォグが有名です。

  1. 治療中の検査:安全な薬物療法のための「健康チェック」
    心の治療で使うお薬は、心だけでなく体全体に作用します。そのため、定期的な血液検査によって、薬が体に無理な負担をかけていないかを確認し、治療を安全に続ける必要があります。

副作用のモニタリング

肝機能・腎機能: 多くの薬は肝臓や腎臓で分解・排泄されるため、これらの臓器に負担がかかっていないかを定期的にチェックします。

代謝への影響: 一部の抗精神病薬などは、体重増加、血糖値やコレステロール値の上昇をきたしやすいことが知られています。放置すると生活習慣病につながるため、早期発見が重要です。統合失調症患者さんの平均寿命が短い一因は、こうした代謝系の副作用による心血管疾患などです。

血球への影響: 稀ですが、薬によっては白血球の数を減らしてしまうものがあり、感染症への抵抗力を確認します。

治療効果の最適化(血中濃度測定)

リチウム(気分安定薬)などの一部の薬では、血液中の薬の濃度を測定します。濃度が低すぎると効果がなく、高すぎると危険な副作用が出ることがあるため、一人ひとりに合った最適な量(治療域)に調整するために不可欠です。

薬剤使用上の義務

一部の抗うつ薬(例:エスシタロプラム)では心電図検査が、ADHD治療薬(例:コンサータ)では定期的な身体検査が推奨・義務付けられています。

第4部 医療現場の理想と現実、そして患者として知っておくべきこととQ&A

これまで述べたように、心療内科・精神科における身体検査は極めて重要です。
しかし、医療現場の現実として、特にクリニックや単科の精神科病院では、人員や設備の問題から、必要な検査が十分に行われていないケースも残念ながら存在します。

入院患者さんであっても、推奨される頻度で検査が行われていないこともあります。これは医師や医療機関だけの問題ではなく、医療制度全体の課題も関係しています。

だからこそ、患者さん自身が「なぜ検査が必要なのか」を理解し、自分の治療に主体的に関わることが大切になります。検査について疑問があれば医師に質問し、自身の身体の状態についてもしっかりと情報を共有することが、より安全で質の高い治療につながります。

当院でよくある質問(Q&A)
Q1. 注射がすごく苦手です。どうすればいいですか?
A. 遠慮なく、事前に医師や看護師にお伝えください。横になって採血する、気分が悪くなったらすぐに休めるようにするなど、できる限りの配慮をします。

Q2. どのくらいの頻度で採血は必要ですか?
A. 治療段階や使用しているお薬の種類によって異なります。治療開始直後や薬を変更した際は頻度が高く、状態が安定すれば数ヶ月に1回、あるいは年に1回となるのが一般的です。
厚生労働省からの通達で、特定の薬剤ではより頻回な検査が定められています。

Q3. もし検査結果に異常があったらどうなりますか?
A. むしろ、異常を早期に発見できることこそが、検査の大きなメリットです。薬の量を調整したり、種類を変えたり、あるいは内科などの専門医と連携して対応します。健康を総合的に守るための大切な情報になります。

まとめ:心と体はつながっている
心療内科・精神科での身体検査、特に血液検査は、心の症状の裏に隠れた身体の問題を見つけ出し、薬物治療を安全かつ効果的に進めるために欠かせない、科学的根拠に基づいた重要な医療行為です。

それは目の前にいる「一人の人間」を心と体の両面から総合的に診て、より質の高い治療を提供するための大切なプロセスになります。
安心して治療の旅を歩むための「お守り」のようなものだと考えてみてください。