心療内科・精神科における身体診察・検査の重要性(前編)

2025/10/17

心療内科・精神科における身体診察・検査の重要性(前編)

はじめに:「こころ」の治療になぜ「からだ」の検査が必要なのか?

「心の悩みで受診したのに、なぜ血液検査や身体の診察が必要なのだろう?」

心療内科や精神科を初めて訪れた際に、このように疑問に思うのは極めて自然なことです。
今回は、その疑問にお答えし、身体の状態を把握することが、安全で効果的な心と脳の治療にいかに重要であるかを解説します。

結論から言えば、身体の検査は、①症状の裏に隠れた身体の病気を見つけるため、そして②お薬を安全かつ効果的に使うために必要不可欠なステップなのです。
心と体は密接につながっており、どちらか一方だけを診ていては、問題の解消、解決には中々たどり着けません。

第1部 心と体を一体として捉える「心療内科」の役割

  1. 精神科でも身体科でもない「心療内科」の誕生
    心療内科は、精神科側の要請と、内科などの身体科側の要請の両方から生まれた、比較的新しい診療科です。その根底には「心身一如(しんしんいちにょ)」という考え方があります。これは、心と体は切り離せない一体のものである、という意味です。

ストレスや心理的な問題が、頭痛、腹痛、動悸、不眠といった身体症状として現れることは少なくありません。これを心身症と呼びます。心療内科は、こうした心の状態と身体の症状の両方を総合的に評価し、治療していくことを専門とします。

精神科との大きな違いは、この「身体の状態を積極的に診察・検査する」という点にあります。心療内科では、メンタルの治療と並行して、身体疾患の管理や治療も行い、必要に応じて他の専門科と連携しながら、患者さんを全人的にサポートします。

  1. 予防・健康増進へシフトする現代医療と心療内科
    現代の医療は、単に病気を治療するだけでなく、病気を未然に防ぐ「予防」や、より良い健康状態を目指す「健康増進」へとその役割を広げています。日本は国民皆保険制度のおかげで誰もが医療にアクセスしやすい環境にありますが、その分、一人ひとりが自分の健康状態を総合的に管理していく視点が重要になります。

このような流れの中で、地域のクリニックは「かかりつけ医(ホームドクター)」としての役割を強めています。心療内科も例外ではなく、心の問題だけでなく、高血圧や糖尿病、脂質異常症といった一般的な内科疾患(プライマリケア領域)も合わせて診療するケースが増えています。特に、コロナ禍を経て身体科への通院が途絶えてしまった患者さんの診療を引き継ぐ例も多く見られます。

患者さんの生活背景や仕事の状況まで把握している心療内科だからこそ、例えば高血圧の薬を選ぶ際にも、よりその人に合った選択ができるといった利点があります。心と体の両方のかかりつけ医として、複雑な問題が疑われる場合には専門の医療機関へつなぐ、「病診連携」の拠点としての役割も担っているのです。

第2部 誤診を避けるための精神科診断の鉄則

なぜ、これほどまでに身体の状態を重視するのでしょうか。それは、精神科の診療には誤診を防ぐための絶対的な大原則があるからです。

診断の基本原則:「外因」→「内因」→「心因」
これは、精神症状を訴える患者さんを診察する際に、必ずこの順番で原因を考えるべきだという鉄則です。かつて日本の精神科のバイブルとされた、山下格先生の名著『誤診が起きる時』でも強調されている、診断のセントラルドグマです。

外因(がいいん) :最初に疑うべきは、身体の病気や、外部から摂取した物質が原因で精神症状が引き起こされている可能性です。

器質性・症状性精神障害: 脳腫瘍、頭部外傷、てんかん、内分泌疾患(甲状腺など)、感染症などが原因で起こるもの。原因となる身体疾患を治療することで、精神症状が改善することがあります。

物質関連障害: アルコール、市販薬、違法薬物などの使用や離脱によって引き起こされるもの。

内因(ないいん):外因が否定されて初めて、脳の機能的な不調が主な原因と考えられる精神疾患を疑います。これには、統合失調症や、うつ病・双極性障害(躁うつ病)などが含まれます。遺伝的な要因や環境要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。

心因(しんいん) :外因・内因の可能性が低い場合に、心理的なストレスや葛藤が主な原因と考えられる状態を診断します。かつて「神経症(ノイローゼ)」と呼ばれたもので、不安障害、強迫性障害、ストレス関連障害などがこれにあたります。

この原則が示すように、安易に「ストレスのせい(心因)」と結論づける前に、身体的な原因(外因)を徹底的に除外することが、正確な診断と適切な治療への第一歩なのです。

・・・

紙幅の都合で前後編に分けたいと思います。
次回もどうぞお付き合いください。