精神科の発熱(熱発)~「機能性高体温症」というブレークスルー~(後篇)

2025/12/22

精神科の発熱(熱発)~「機能性高体温症」というブレークスルー~(後篇)

いわゆる「不明熱」について

さて、ここからが本題に近づいていきます。
まずは医学的に確立された概念である「不明熱(FUO: Fever of Unknown Origin)」についてです。

大まかに言うと、「全ての身体疾患が検査で除外されているのに起こる発熱」を指します。

定義と現状
基本的には1961年のPetersdorfとBeesonの定義がベースですが、現在はDurackとStreet(1991年)の修正定義が一般的です。

38.3℃以上の発熱が、
3週間以上続き、
1週間の入院精査(または3回の外来診察)でも診断がつかないもの。

身体疾患の検査で除外されていないといけませんが、入院検査や外来診察を経ても病因が特定しづらく、結果として不明熱という診断になった場合の実態として主なものは下記になるのではないでしょうか。
感染症: 結核、膿瘍、感染性心内膜炎など。
膠原病: 成人スティル病、血管炎、リウマチ性多発筋痛症など。
悪性腫瘍: 悪性リンパ腫、腎癌など。
その他: 薬剤熱(意外と多い)、血栓症など。

診断不能: 徹底的に調べても10〜30%は原因不明となります。

本日のメインテーマ:機能性高体温症

これまでは「心因性発熱」と呼ばれたり、不明熱の「診断不能」に含まれていた病態です。

最近では「機能性高体温症(Functional Hyperthermia)」という呼称が提案され、メカニズムが解明されつつあります。

どんな病態か?

「微熱がずっと続く」「ストレスイベント後に高熱が出る」「炎症反応(CRPなど)は陰性」「解熱剤が効かない」といった特徴があります。

従来の「気のせい」ではなく、交感神経活動による非炎症性の体温上昇であることがわかってきました。

炎症性発熱との決定的な違い

臨床で最も重要なのは、「脳のセットポイント(設定温度)」と「解熱剤の反応」です。
これらの組み合わせ(下記)のパターンでおおよその特定が可能です。ただし、何度か通院をして何度か薬を調整して、ようやくわかるというものになります。

特徴:通常の発熱(感染・炎症)or機能性高体温症
原因:サイトカインorプロスタグランジンor交感神経orカテコラミン
セットポイント:上昇するor正常のまま
熱産生:筋肉の震え(シバリング)or褐色脂肪細胞の活性化
解熱剤:効果ありor効果なし(無効)


ロキソニンやアセトアミノフェンが「全く効かない」というのが、診断の大きな手がかりになります。これは炎症物質(プロスタグランジン)を介していないからです。

治療・マネジメント


薬(解熱剤)ではなく、「ストレス環境の調整」や「休息」、そして「自律神経へのアプローチ」が必要です。SSRIや抗不安薬が奏功する場合もありますが、根本的には「脳がストレスに対して熱を出して反応してしまうモード」になっていることを理解し、生活や環境を整えることが治療になります。

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精神科医が診る「熱」の行方

2回にわたって精神科領域における「発熱」についてまとめてきました。
精神科医が遭遇する熱は、命に関わる「悪性症候群」や「重篤な身体感染症」から、今回紹介した「機能性高体温症」まで、非常に多岐にわたります。

重要なのは、最初から「精神科の患者さんだから心因性だろう」と決めつけないことです。

まずは感染症や膠原病、悪性腫瘍、そして薬剤性の要因といった「身体的な除外診断」を徹底的に行うこと。これがいわゆる「不明熱」のワークアップです。

その上で、全ての器質的疾患が否定された時、「機能性高体温症」という概念が大きな意味を持ちます。

これまで「原因不明」「気のせい」「仮病」と片付けられ、効かない解熱剤や抗生剤を投与され続けてきた患者さんに対し、「これはストレス反応としての自律神経の熱です」と正しい説明と対処法を提供できるようになったことは、精神科医療における一つのブレークスルーと言えるでしょう。

身体と精神、その両方の狭間に現れる「熱」を診ることは、まさに精神科医の総合力が試される領域なのです。