心の治療において、なぜ「主治医」を決める必要があるのか?(前編)

2026/01/14

心の治療において、なぜ「主治医」を決める必要があるのか?(前編)

当院も担当医制を採用しております。
五反田駅近くの利便性の高い場所に構えておりますが、コンビニクリニックとは異なり、その人にあった治療を提供できるように選択肢を設けられるよう鋭意体制を整えております。

回復は「点」ではなく「線」, そしてあなたの人生は「物語(ナラティブ)」だから

風邪を引いたとき、たまたま空いている近くの内科に行って薬をもらい、数日で治る。
内科や耳鼻科では、こうした「点の医療」で十分な場面が多いかもしれません。

ですが精神科・心療内科の治療は、それとは性質が違います。
心の不調は、ある日突然“無から”発生するというより、生活歴・性格傾向・環境・人間関係・睡眠・仕事の負荷などが複雑に絡み合って生じる「物語(ナラティブ)」です。
だからこそ、精神科医療は“その場しのぎの一回”ではなく、経過を積み上げていく医療になります。

その中心になるのが、「主治医を決める」という選択です。
これは「薬をもらう場所を固定する」という意味に留まりません。もっと本質的には、回復の航海図を一緒に持つ人を決めるということです。


1. 精神科の診療は「点」ではなく「線」で効いてくる

同じ言葉でも“意味”が変わる, だから経過が重要になる

精神科で本当に重要なのは、初診の情報だけではなく、その後の変化のパターンです。

  • どんな時に悪化しやすいか(季節、仕事、人間関係、睡眠、飲酒など)
  • 「調子が悪い」の中身は何か(不安、抑うつ、焦燥、怒り、解離、過覚醒など)
  • どのサインが危険信号で、どれが一時的な揺れなのか
  • 何が効き、何が副作用として出やすいか
  • 良いときと悪いときの振れ幅(波の形)

初対面の医師は、どうしても「今のあなたの断面」しか見られません。
たとえばあなたが「今日は落ち込んでいます」と言ったとき、初対面の医師は「うつ状態だな」と判断します。これは当然です。材料が“今日の断面”しかないからです。

しかし、長く診ている主治医なら、同じ言葉を別の解像度で受け取れます。
「いつもより元気そうだ」「普段の落ち込み方とは質が違う」「この落ち方は睡眠不足由来に近い」など、微細な変化に気づけます。

ここで大事になる概念が、あなたにとっての「普通(ベースライン)」です。
主治医がいると「あなたのベースライン」が分かるため、

  • 過剰な投薬を防ぎやすい
  • 小さな再発の兆候を早期に拾いやすい
  • “様子を見るべき揺れ”と“介入すべき揺れ”を分けやすい

という形で、治療の質が上がっていきます。


2. 治療同盟は「安心のインフラ」

「信頼関係」は、ときに薬以上に再発予防に効く

精神科治療は、身体の治療以上に言葉の治療でもあります。
そのため診察室が「評価の場」になってしまうと、患者さんは本音を言いにくくなり、治療の精度が落ちます。

主治医が決まると、次のことが起こります。

  • 話さなくても通じる部分が増える
  • 毎回ゼロから説明する負担が減る
  • つらい時に「受診できる」という事実そのものが支えになる

特に精神的に苦しい時期は、孤独感が強まりやすい。
そんなときに「私のことを分かってくれている人がここにいる」という感覚(安全基地)は、それ自体が治療的です。
この“安心のインフラ”が育つほど、危機のときに崩れにくくなります。


3. 「説明するコスト」を減らすほど、治療は前へ進む

つらい時に“人生の要約”を毎回やるのは負担が大きい

精神科では、症状そのものだけでなく、背景情報が重要です。
生い立ち、家族関係、職場環境、過去の体験、生活リズム。
これを毎回違う医師に一から話すのは、かなり大きなストレスになります。

主治医を決めるということは、あなたの人生の背景を共有する「理解者」を持つことです。
「あの上司の件ですが…」の一言で通じる関係性は、治療を進めるうえで大きな力になります。


4. 薬物療法は「履歴」が命

何を、どの量で、どう効いて、何が起きたかが治療の資産になる

精神科の薬は、効き方も副作用も個人差が大きい領域です。
だから大切なのは「今何を飲むか」だけでなく、これまで何を試してどうだったかという履歴です。

主治医がいると、

  • 似た薬を無駄に再挑戦しにくい
  • いつ増量し、いつ減量し、どこで崩れたかが残る
  • 併用薬が増えすぎるリスクを減らせる
  • 離脱症状や依存リスクにも長期目線で対応できる

薬は“鍵”ですが、鍵束が増えるほど開け閉めが難しくなります。
主治医は、その鍵束を整理し、必要な鍵だけにしていく役割も担います。

カルテを見れば記載されている(であろう)こともありますが、服用しての報告を実際に受け取った主治医であればこそ判断できる情報も極めて多いです。
『前回よりもちょっと顔色が良くなっている「気が」します』というのは連続して診ているからこそわかることかもしれません。


5. 治療の「一貫性」が、迷いと不安を減らす

ドクターショッピングは「複数の船頭に同時に舵を握らせる」状態になりやすい

精神科の治療は、正解が一つではない場面が多く、医師によって見立てや方針が異なることも珍しくありません。
ここで起きやすいのが、「あちこち受診しているうちに、治療の軸がブレてしまう」問題です。

いわゆる「ドクターショッピング」は、セカンドオピニオンとは別物です。
セカンドオピニオンは「軸を持ちながら確認する行為」ですが、ドクターショッピングは軸が定まらないまま治療方針が入れ替わり、結果として

  • 薬が整理されず増えやすい
  • 説明が食い違って不安が増える
  • 「結局どれを信じればいいのか」で疲弊する

という形で、回復の推進力が落ちることがあります。

だからこそ、信頼できる一人の船頭(主治医)を決め、その舵取りのもとで波を越えていく。
これは“縛られる”のではなく、治療の背骨を持つという意味で、とても大切です。

ここまでの御読了ありがとうございました。
後篇にももう少し主治医を定める大切さを書けたらと思います。
それではまた。