一番簡単な数学の空間と位相と哲学について

2022/08/16

一番簡単な数学の空間と位相と哲学について

はじめに

数学は哲学を知ると理解が容易になります。
現代数学は数学の中で用いる概念を全て手作りします。
これが他の学問と数学を分かつ特徴になります。

そうした数学の最初にあるものは元(element)と集合(set)です。
元と集合をセットしていくことで元と集合に構造を与えるのが現代数学の第一歩になります。

元と集合のセッティングにより我々になじみのユークリッド空間を作る手始めとして位相について解説します。

位相と空間

空間とは何でしょう?
勉強の世界では高校までに数学や物理学で空間の勉強をします。
これは無限の点の連続な集合でデカルトの座標系で位置を表現できると考えるユークリッド空間と言われるものです。

ユークリッド空間はわれわれが一番親近感を持つ空間で、空間と言えばユークリッド空間と同じ意味と思っている人も多いと思います。

中学や高校では空間は勉強の出発点になります。
しかし大学の物理や数学の専門課程では空間は作るものです。
ユークリッド空間は物理学者や数学者がつくるたくさんの空間の1つに過ぎません。

ユークリッド空間が当たり前過ぎるとこれこそが世界を形づくる唯一の正しい空間と思うかもしれません。
しかし哲学では知りませんが数学ではユークリッド空間が世界を作る特別な空間とは考えません。

そうである可能性もありませんがそうでない可能性も同様にあります。

物理学や数学ではこのそうでない可能性を考えたくさんの空間を作ります。
この「見つける」とは言わず「つくる」という表現を使うのが、また別の意味での中高の勉強と大学の勉強の違いになります。

空間の作り方

物理学や数学の専門課程で空間を作る第一歩として集合論や位相論を使います。
集合論や位相論は数学や物理の初歩になります。
ここを出発点に応用的な宇宙論や素粒子論、幾何学、代数学、解析学などへ進む方向が1つの道になります。

一方でこれらの道の反対方向には数学を哲学的に理解する方向性があって数学基礎論などと呼ばれます。

これらの道に進む前に学ぶのが集合論と位相論です。
丁度全ての道の最初にあるために集合位相論は自然科学の自然的な意味もあれば本格的な哲学的な意味もあります。

位相は集合論の応用の1つです。
位相論は数学の教科書では抽象的で洗練された形で表現され説明されます。

ここでは位相を分かりやすく説明したいと思います。

元とエレメント

元の集まりを集合と言います。
元(エレメント)が集まることで集合となります。

集合とは“set”でエレメントをセットして集合を作ります。
違う見方をするとエレメントに集合をセットするという言い方も出来ます。

どちらの見方もできる様にしておくと便利でしょう。

集合論から作られるものに点や数があります。
元と言うのはまさに「もと」であり「素(エレメント)」です。
元をもととして点や数がつくられます。

点や線のエレメントが元です。
元はエレメントですので一様にみな同じ元で元自体にはそれぞれの個性や違いはありません。

それぞれ区別がつかないエレメントを区別するのが数学の第一歩になります。
エレメントを個別化し個性を与えます。
元に他の元とは違う個性を与え他の元と違うものにしていく作業が数学の第一歩になります。
位相はそのための1つの方法です。 

この「位相」は物理学で周期的なものに使うphaseではなく、topologyという別の概念ですが日本語では同じ言葉で表します。

元と集合、エレメントとセットのセッティング

元(エレメント)が複数あるとその全体は一つの集合です。
また元の全体ではなく元のなかのいくつかを選んで集合を作ることができます。
それぞれ区別がつかないエレメントを区別するために色々な方法があります。

エレメントを個別化し個性を与えます。
そのために集合(set)を使います。

集合(set)を使ってセッティングを行います。
あるエレメントがどの集合に属しているかによってエレメントを区別します。
そのためには色々な集合を決めていく必要があります。

集合(set)をセッティングします。

集合の種類、つまりどのエレメントを含む集合かは元の数が多ければ多い程、作れる集合の数も増えていきます。つまりセッティングの仕方も増えていきます。セットを予め決めておいてエレメントがどのセットに登場するか、どのセットに属するかを決めることでエレメントに個性が生まれます。

エレメントは複数の集合に属すると考えます。
すると属する集合がそのエレメントの個性になります。

エレメントとセットの関係はこの逆も成り立ちます。
どのエレメントを含むかが集合に個性を与えます。
つまりエレメントとセットの関係はどちらを中心に考えることも出来ます。

これが位相を考える際の大切な特徴になります。
エレメントがたくさんの集合のどれに属するのかによりエレメントに個性が生まれます。

エレメントに個性が生まれると同時に集合にも個性が生まれます。
どのエレメントを含む集合かにより他の集合との違いが生まれます。

数学と哲学

数とは何か?

点とは何か?

空間とは何か?

これは数学の問題だけではなく哲学の問題でもあります。
現代数学と古典数学の違いは哲学です。
特に現代数学です。

古典数学にも哲学があると反論されるかもしれません。
しかし古典数学の哲学は実在論をベースにしています。
実在論であることに気が付いていないか、実在論を信仰しているかのどちらかです。つまり無知か宗教でした。

これは仕方がないことではありますが近代における科学は現代の目から見ると学問と言うより宗教に近い面があります。
実在論止まりであれば、古典数学に哲学があるとしても古典哲学です。
これは行き詰まりか思考停止をもたらしました。

現代の数学では「数とは何か?」「点とは何か?」「空間とは何か?」を妥協せず考え続け解答を与えました。
考えることを止めないのは学問であり哲学です。

コンパートメント

現代の数学では「数とは何か?」「点とは何か?」「空間とは何か?」という問題は「数をどのように作るか?」「点をどのように作るか?」「空間をどのように作るか?」と言う問題に変わります。
この考え方は「創造できるのは神だけで人間は作ることができない」という考え方に差し障ります。

中世神学の普遍論争で分かるように実在論は神の実在とセットです。
現代科学と現代哲学の特徴は「作ることができるのは神だけ」という考え方をスルーするようになったことです。

位相の話に戻ります。

エレメントを集合に属させるためにはエレメントに名前を与えて集合にエレメントの名前のタグやらタブやらをたくさんつけていく方法があります。
あるいは逆に集合に名前と付けてエレメントにそのエレメントが属する集合の名前が書いたタブやらタグやらをつけていくことも可能です。

このどちらか、あるいは両方によりエレメントが属している集合や集合が含んでいるエレメントを特定することができます。
これは記号を用いた方法です。

別の方法を考えましょう。
集合に元を与えること、あるいは元に集合をあたえることは元や集合の隣接のさせ方と理解します。

集合は弁図や袋のように図形的、もしくは立体的にイメージされることがあります。エレメント同士、集合同士、あるいはエレメントと集合の隣接関係をイメージしやすい様にエレメントと集合をセッティングしてみましょう。

位相はコンパートメント(区画化)でイメージすることができます。
二つのエレメントが同じか違うかはエレメントの間に仕切りがあるかどうかで区別されます。

あるエレメントが仕切りを超えて別のエレメントがある集合に到達する経路があれば二つのエレメントを区別することはできず、そのような経路がなければ仕切りが2つのエレメントを完全に分かつために仕切りを全て確認していけば閉じた穴のない区画として見ることができます。

この場合区画の形は問題ではありません。2つの経路をつなぐ開いた穴のある区画かどうかのみが問題になります。

この見方で行くとエレメントを分かつ仕切りをどのようにつくって区画(コンパートメント)を完成させるかがまずテーマになります。
あるいは結果的に同じ事ですが仕切り作りで区画を完成させてそのどれにいくつのエレメントを入れていくかが別の形の同じテーマになります。

この立体的にコンパートメントを作っていく立体幾何学的なイメージが位相理解の最初の一歩です。
コンパートメントやエレメントをどんどん加えてもいいですし既にあるコンパートメントを細かく区切って細密なコンパートメントにしていきます。

この作業を規則的に行いたければ何らかの法則性、蜂が巣をつくるやり方でも高層ビルのように立方体や直方体を積んでいくやり方でも構いません。

コンパートメントの融合と共通部分

コンパートメントはいくつか組み合わせて大きなコンパートメントと見なすこともできます。
その場合大きなコンパートメントの中には仕切りで区切られた小さなコンパートメントで埋まっているでしょう。

コンパートメントはエレメントの集合なので小さな集合は大きな集合に含まれる場合があります。
コンパートメントをたくさん含んだ大きなコンパートメント、小さな集合で埋め尽くされている大きな集合を考えましょう。

その様な大きな集合(コンパートメント)がある場合、小さなコンパートメントを共有している場合があります。

有限と無限、離散と非連続

位相は有限な元で考えることができます。
位相を考えるのに無限や連続は必ずしも必要ありません。
ただユークリッド空間のような空間を考える際には無限や連続を導入する必要があります。

数学は無限を扱う学問です。
無限のプロがいるとすれば数学者です。
数や点や空間と同じように無限も作るものです。

特に集合論や位相論は無限研究の発祥地になります。
位相ではエレメントやコンパートメントが無限にある場合を考えます。
さらには唯の無限ではなく整数に対する実数のような連続した無限を考えます。

コンパートメントで位相をイメージするのは一つの捉え方です。
そもそもコンパートメントで位相をイメージする前に挙げた例、タブやタグでエレメントやセットに名前を与えてそれぞれを関連付ける記号的な方法もあります。
それだけでも位相の有用性はありますが、空間を考えるには立体の像や図形を考える様な幾何学的なイメージを持ち、他人とも共有するのが便利です。

一方中学や高校で習う空間、ユークリッド空間は元(点)で埋め尽くされて点のない点、隙間がない集合がイメージです。

連続な点の集合と配置が空間が空間です。
無限、さらには連続というものを考えることは数や点や空間を考えることと同じような哲学的意味合いを含みます。
哲学的な理解と共に実務的、操作的方法で空間、無限、連続を扱うのが現代数学です。

古典的な哲学や数学ではそれら全ては実在していると考えられていました。
集合論や位相論は現代数学ですので現代哲学が適用されます。
すなわち無限も連続も実在の可否は無視して作ることを考えます。

古典的な表現でいうとユークリッド空間は位相構造を持ちます。
位相構造のある空間を位相空間と言います。
現代的に表現すると位相構造を持つように作られた位相空間の1つがユークリッド空間です。

ユークリッド空間以外にも位相空間はたくさんあります。
位相空間を作るにはまず元と集合を作りそれらをセッティングします。
元と集合が無限でもそれを作れるのが現代数学です。
作るという表現がぴんと来なければ、決める、あるいは判定できるようにしておきます。

空間とは元と集合の集まりです。
そのセッティング(配置)を決めれば空間になります。
無限のものを作る場合には作るというより決めておくという表現がいいかもしれません。
元や集合やそのセッティングを決めることで空間を作ります。

境界

位相を区画(コンパートメント)で例えたときに仕切りの話をしました。
この仕切りを元で作ります。

区画の中はエレメントがあるかないか複数あって他はスカスカのイメージではなく、隙間なくエレメントで埋め尽くし、スカスカな隙間が全くない状態をイメージします。

そしてエレメントのイメージを点とします。
そして点を有限でなく無限であり、非連続でなく連続と考えます。

連続性は位相の特徴ではありませんが、ユークリッド空間を構成するために現代数学の他のところから連続性を借りてきます。
最後の部分は話の流れからはイメージできない部分でしょう。

これにイメージ、というより有限を無限に、非連続を連続に帰る操作法を考えることが集合・位相論の肝になります。

境界を点で作る時、境界の点は区画に属するのでしょうか?
区画外に属するのでしょうか?
現代数学ではこれを最初に決めておきます。

仕切りの点が区画に属する時これを閉集合と言います。
仕切りの点が区画に属さない場合、この境界の点に囲まれた集合を開集合と言います。
そうすると集合は3種類考えられます。

閉集合と開集合と閉集合でも開集合でもない集合です。

全ての閉集合か開集合を予め決めておくことで位相空間を作ることができます。
ある閉集合に含まれない全ての元は開集合をなし、ある開集合に属さない全ての元は閉集合をなすと決めておきます。
すると全ての開集合を決めれば全ての閉集合がきまり、全ての閉集合を決めれば全ての開集合もきまります。

どっちか決まれば残りは決まるのでどちらか一方だけを決めておけばいいということになります。
これは集合からの位相の理解のアプローチです。

集合ではなく元を中心に位相をイメージする方法もあります。
点を中心に位相をイメージするのはある点を含む集合全てをそれぞれの点について考えます。
ある点を含む開集合全体、あるいは閉集合全体を全ての点について決めます。
そうすると位相構造は自動的に定まります。

空集合、閉集合、元のどれから位相を決めていっても構いません。
どの方法でも同じものを作れます。

ただし空集合でも閉集合でもない集合から位相を決めていくのは事実上困難です。
無限の点と構造を作る場合には有限ならば許されるかもしれない行き当たりばったりな方法ではなく決め方のルールを明確にして具体的な方法を示す必要があります。

計算機のプログラムのアルゴリズムを作ることと一緒です。
アルゴリズムはシンプルで具体的で操作的なものです。
計算機科学は数学の一分野ですが行き当たりばったりとなじまない学問分野です。

開集合か閉集合か点の近傍(点を含む全ての開集合か閉集合)を全ての点で決めることが最もシンプルな位相空間の決め方になります。
この様に決めた位相空間にルールを導入します。
開集合と開集合を合わせた集合は無限個の開集合を合わせても開集合になります。

一方で開集合と開集合が共有する元は閉集合が有限であればやはり開集合ですが、無限であれば閉集合になることがあります。

閉集合の場合は閉集合をいくつ併せて閉集合になります。
他方で閉集合同士が共有する元は集合が無限であれば閉集合になりますが、無限であれば開集合になる場合もあります。

この2つに全体集合と空集合は開集合かつ閉集合というルールを満たすようにすると位相空間を作ることができます。

立体や図形と位相

位相はtopologyと言います。
古典ギリシア語のtoposとlogosを組み合わせたものです。
Toposとは位置とか形とかいう意味です。

先のルールに従い位相空間を作ってもそれが立体や図形としてイメージする必要は必ずしもありません。
コンパートメントモデルの前で示した記号と対応関係で非幾何学的に示しても構いません。
ですが位相は幾何学的なモデルを使うのに非常に便利なものでもあります。

位相を使っても幾何学的なモデルやイメージを作るのが困難な場合もあります。
また全ての位相空間をイメージ出来る必要もありません。

しかし位相を規則的に決めると構成される位相構造や位相空間を幾何学的にモデル化やイメージしやすい場合があります。
ユークリッド幾何学がその代表的な例になります。

こう書くとユークリッド空間は簡単につくれそうですが、ユークリッド空間を作るには位相意外にも色々な構造を作ってその構造を組み入れておかなければなりません。例えば先ほどの連続性や距離です。

例えば位相と連続性だけで空間を作ると点の間の距離が定まりませんので我々のイメージにはぐにゃぐにゃした物体を思い浮かべることになります。
ただ位相の他に連続性や距離や点や集合の分離性などの規則を単純に決め、それを素直にイメージすればユークリッド空間になります。
ですから位相はユークリッド空間をつくるさいに与える構造の1つでしかないとも言えます。

空間の中の点の全ての集合について開集合、閉集合、その他の集合が決まり判定できることで空間に位相を導入します。
この判定が容易にいくような操作的な方法を予め定めておきます。

そのために≧や>、⊃や⊇や∋の記号を作って機能を決めておきます。
同じようなことを繰り返しますが≧や>、⊃や⊇や∋などの記号や機能も最初から作っておいて導入、適応する概念であり、概念の積み重ねでモデルやイメージを作っていきます。

≧や>、⊃や⊇や∋などの記号や機能はユークリッド空間ありきでユークリッド空間の後にできたものではなく、ユークリッド空間に先立っており、それを空間に適用するかしないかを考えるのが現代数学です。

数学の哲学

数学の哲学は特別なものではなくやはり普通の哲学を数学に適用したものに過ぎません。
古典数学では古典哲学の実在論が数学の哲学になります。
ここでは我々が実在すると感じるものは神や自然が実在を保証してくれます。

現代数学の哲学は現代哲学です。
現代哲学では実在論的見方もしますが、同時に非実在論的な様々な考え方を許容します。

非実在論的な考え方でもっとも重要なものは構造主義です。
現代数学は構造主義により数学を作ります。
ユークリッド空間も作ります。
ユークリッド空間を作るための材料の一つが位相です。

位相と言う材料を使ってユークリッド空間以外にも色々なものが造れます。
ユークリッド空間のような空間はもちろん、空間が何を指すかはともかく、空間以外のものも作れます。

要は何かをつくるのは哲学、もっと広く言うと思想になります。
実在論者は実在論に基づいた数学を作るでしょうし、構造主義者は構造主義に基づいた数学をつくるでしょう。

そしてポスト構造主義者はどちらの数学も受け入れるわけです。

おわりに

位相の理解と位相からユークリッド空間を作る話をしました。

高等学校は高等という言葉はつきますが高等教育を行いません。
それでは大学では高等教育を行うかと言うとこれも行わないことが多いようです。
初等教育と高等教育の違いは学ぶ学問に哲学があるかどうかでしょう。

初等教育は暗記と反復して反応と応用速度を速めることを教育と呼びます。
高等教育では学問の中核の哲学を勉強します。
初等教育のような大学の講義があまりにも多すぎるため多くの大学生が高等教育を理解できないまま大学生活を行います。

数学の基礎論や集合位相論、物理学の量子力学などは学問の哲学を知っておけば理解が容易ですし、集合位相論や量子理気学を理解すればその先の数学や物理学の先の分野にも躓かず進めます。

学習や教育の効率の悪さは深刻な問題です。
哲学は学問の学問ですので勉強の効率を上げるために活用するとよいでしょう。